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 物質科学の醍醐味は,数限られた元素の組み合わせから多様な物性現象が現れることです。そしてその多様性は,膨大な数の原子が集団となり綺麗に配列して結晶化した環境で,電子が異なる振る舞いを示すことに始まります。したがって,元素の組み合わせ数が無限であること以上に,多体系効果が重要であり元素の組み合わせの絶妙な具合で物性現象が発現すると言えます。そして,多体系であるがゆえに,原子の周期配列を変える構造転移,バラバラだったスピンが綺麗に配列する磁気転移など,秩序を伴う多種多様な相転移現象が生じます。新しい秩序の環境下では電子の振る舞いや多体効果が激的に変化するため,超伝導や交差相関現象など思いもよらない巨視的な物性応答が現れます。その物性現象の理解と制御は,物性物理学で目指すゴールの1つです。電子が物質中でどのような運動をしているのか?秩序の形成と共にどのように変化するか?その姿を詳しく調べることは、不思議な物性現象を理解して説明する上で極めて重要になります。こういった電子の状態を実験的に調べる手法として角度分解光電子分光 (Angle-resolved photoemission spectroscopy, ARPES) が知られています。本研究室では,この実験手法を主な武器として活動を行っています。
 ARPES による電子状態観察技術を軸として, トポロジカル物質、磁性体、超伝導体など様々な量子物質が示す「スピン機能物性現象」に注目しています。「スピン軌道結合」「電子相関」「磁気多極子自由度」など観点で,量子力学的に記述される電子状態レベルのミクロな視点からスピン機能物性の発現機構を解き明かすことを目的としています。

角度分解光電子分光 (Angle-Resolved Photoemission Spectroscopy, ARPES) 
 この手法は,光電効果を基本原理としています。通常の光電子分光は,エネルギー hν の単色光を物質に当て、物質内から飛び出してきた電子 (光電子) の運動エネルギーを観測することで、物質中電子の結合エネルギーの情報を知ることができます。ARPES は、運動エネルギーだけでなく,光電子の放出角まで分解して観測することで、運動量とエネルギーの関係,すなわち電子の運動状態を表す電子バンド分散まで直接的に観測することができます。また、hν が可変な放射光や高強度のレーザー、もしくは真空紫外や X 線領域の hν など、様々な光源と組み合わせることで、電子状態を多角的に調べることができることも ARPES の特徴です。
 当研究室では主に広島大学キャンパス内にある小型放射光施設 HiSOR で開発された ARPES 装置を利用しています。また,放射光だけでなく,「高強度」「単色性」に優れたレーザーを取り入れた高分解能レーザー ARPESも利用しています。特に,HiSOR の奥田太一教授,宮本幸治准教授と共同して,「スピン分解」「空間分解」までを加えた特色ある ARPES 装置の開発を行っています。

スピン角度分解光電子分光 (Spin- and Angle-Resolved Photoemission Spectroscopy, SARPES)
 電子の自転に対応するスピンは、固体中の電子の性質を決める重要な自由度として磁性や輸送など様々な物性の起源を担います。近年のスピントロニクス発展と相まって、電子スピンの分析は基礎科学としての興味だけでなく、応用面からも必要性が高まってきています。スピン分解ARPESを用いれば、電子構造を運動量とエネルギーで分解する従来のARPESの能力に加えて、さらに電子スピンまで分解する、いわば電子状態の完全決定が可能になります。広島大学の HiSOR は、長年スピン分解 ARPES の装置開発を行っており、この分野で世界をけん引してきました。これまでに,放射光光源を組み合わせた放射光 SARPES 装置に加えて,6-eV レーザーを組み合わせたレーザーSARPES を実現させています。
 当研究室では、このレーザーSARPES装置を利用して,電子状態のスピンまで超高精密に観ることで様々なスピン機能物性の発現機構の解明を目指した研究を行っています。当研究室のメンバーである木村教授と黒田准教授が行った SARPES を用いた研究例として,トポロジカル絶縁体やワイル磁性体などのスピン偏極電子の発現現象や光スピン制御があります。

図 1: ARPES 測定の模式図。光励起で物質表面から放出された
光電子のエネルギーと放出角度を分解して光電子強度をマップすることで,電子構造(バンド分散)を可視化する。
図 2: ARPES で得られたバンド分散の画像と SARPES で得られたスピン偏極度のが画像。赤青の色は,スピンアップとスピンダウンの偏極に対応する。