ナノスケールにおける磁気状態の研究
金属表面上に原子層単位で制御されて作製された磁性超薄膜は、バルクの磁性体には見られない特異な磁性を発現する。
例えば、磁化が表面に対して垂直に向くという磁気特性(垂直磁気異方性)は、基礎物理学的な興味だけではなく、磁気記録媒体などのデバイスへの応用という面からも非常に注目されている。
磁性薄膜を研究する上では、原子レベルで構造を制御して作製した試料について、きちんと構造を評価し、磁気特性を評価する必要がある。
磁気特性の測定に関しては、光や電子による測定法が用いられる。
その代表的な測定法として、内殻吸収を利用した内殻吸収磁気円二色性(MCD)がある。
MCD 分光測定は磁性薄膜について元素選択的にスピン・軌道磁気モーメントを得ることが可能である。
谷口研究室では、広島大学放射光科学研究センター HiSOR BL-14においてナノスケール磁性体の作成、結晶構造および磁性の研究を行っている。
測定にはX線内殻吸収磁気円二色性(XMCD)分光を用い、現在は主に金属基板上に原子層制御した磁性金属薄膜や多層膜を作成し、膜厚に依存した磁気異方性や磁気モーメントの変化を研究している。
XMCD
X-ray Magnetic Circular Dichroism : XMCD
X線内殻吸収磁気円二色性(XMCD)は、磁性体において左右の円偏光を用いたX線内殻吸収分光スペクトル(XAS)に差が現れるという性質である。
これは内殻吸収過程での内殻電子の遷移を決める電気双極子遷移の選択側における吸収確率が異なるために起こる。
XMCD には次のような特徴がある。
内殻準位のエネルギーは元素によって異なるため、励起光のエネルギーを選ぶことによって特定の元素のXMCD スペクトルを得るこができる。
これは薄膜、多層膜や合金などにおいて強力な点である。
Thole、Carra らによって導かれた総和則(Sum Rules)を用いることによって原子の軌道磁気モーメント、スピン磁気モーメントを分離して観測できる。
これは磁気光学カー効果(MOKE)など試料全体の磁化を測定する実験手法では得られない利点である。
BL-14
広島大学放射光科学研究センター(HiSOR) のBL-14で利用可能な光のエネルギーは、およそ100〜1200 eV である。
そのため、3d遷移金属のL吸収端、希土類金属のM吸収端をカバーしており、GMR 素子で用いられるFe やCr などの強磁性遷移金属(TM:Fe、Co、Ni...)の磁気モーメント測定に適している。
測定方法は、1.3T の永久磁石を用いて試料を帯磁させて残留磁化を与える。
次に、シンクロトロン放射光から得られる円偏光軟X線を試料に照射し、全電子収量法により得られた吸収スペクトルを測定する。
さらに、残留磁化を反転させて吸収スペクトルを測定し、反転前後の差分スペクトル(MCD スペクトル)を得ることで、上述した総和則を用いて試料のスピン磁気モーメントと軌道磁気モーメントを決定する。
広島大学放射光科学研究センター(HiSOR) BL-14
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